違法助産行為の本質その2

前回の記事「違法助産行為の本質」のつづき


マスメディアやネットメディアが伝える産科医療問題における文脈には、もともと医療が関わる対象は、障害や死亡のリスクが伴っている状況の人たちであることが殆どであるという点が欠如しています。最近の医療事故に対する大手マスメディアの伝え方には私も強い違和感を持っています。ただ、私が違法助産行為の件で、最も指摘したい点は、助産師資格のない看護師が助産行為をすることを強制させられているケースがあった、そして今もあるということです。また、日本産婦人科医会(旧日本母性保護産婦人科医会)は助産師数を増やすための働きかけを敢えてしてこなかったという文脈がマスメディアやネットメディア含めて皆無に等しいという点です。


個々の現場において、産科医と助産師の対立があるかどうかという指摘に関しては、私は興味がありません。対立があるケースもあるし、ないケースもあるということだと思います。個人対個人の問題もあるかもしれないし、複数対複数の場合もあるかもしれません。対立も建設的なものもあればそうでない不幸なものもあるでしょう。ただし、今の日本における産科医療はそのほとんどが医師と助産師、もしくは看護師の協力で行なわれています。助産師のみで行なわれているお産はごく僅かです。さらに、私自身は助産院での助産師のみによる分娩を薦める気持ちは全くありません。理由は、お産において母親もしくは赤ちゃんに何らかの医療行為が必要な事態になったときに対処出来ない例が存在するからです。また、そのリスクについての説明が受診開始時に冷静に行なわれていない点です。さらに言えば、たとえ両親がそのリスクを負うと決断したとしても、産まれてくる赤ちゃんがそのリスクを負うことを決断しているわけではありまえん。もちろん、医師がいても事故は起こるし、助けられないケースもあります。しかし、トラブルが起こった時に適切な医療行為が行なわれれば助けられるケースは必ず存在します。発生頻度の低い問題を統計学スタディで評価するのには限界があります。EBM的な視点を導入することは大前提ですが、RCTは医療の質を改善する目的において果たす役割は少ないと私は思います。RCTではマス対マスでの評価のみなので、たとえば胎児心拍モニター装着の有無は児の救命や予後に影響しないという結果になってしまいます。しかし、個別の例では胎児心拍モニタリングの変化によって緊急に帝王切開を行ない児を救う例は存在します。Benchmark Technique みたいなもので評価することが米国では進んでいますが、EBMの第二幕がそろそろ出てきてもいい時期なのでしょう。


最近の医療事故や医療崩壊といったキーワードで語られている記事には医療者側を擁護するような文脈のものも多いと思うのですが、それに関しても違和感を感じます。もちろん感情としてそのような文脈が作られるのは理解できます。しかし、ただ医療者を擁護してもその文脈では患者さん達には非常に伝わりづらいものだと思うからです。最終的に医療の質をどのように改善していくのかを、模索提示しながらでないと、患者さん達もしくは今後患者さんになる可能性のある人には伝わりづらいと思います。医療に対する要求が高くなってきている現在において、日本産婦人科医会の最近の対応は思考停止に近いと言えるかもしれません。ヒステリックなものを感じます。


もちろん、業務上過失致死傷罪ということで多くの医療事故を司法で裁くのは、やはり無理があるように私も思います。確かに、業務上の不注意によるものもある点ではその通りですが、もともと医療が関わる対象は、障害や死亡のリスクが伴っている状況の人たちであることがほとんどなのだから、機械や交通といったものに関わる業務上過失致死傷罪と同列に裁くのには、司法が動き始める時の判断に始まり裁判の方法や刑罰の重さに関しても無理があると思います。新しい法律や新しい審査組織といった話が出てくるのでしょうが、今のところ、医療者がすぐに出来ることは患者さんたちにありのままを説明すること以外にはないのかもしれません。


でも、今の社会問題における対処は、司法の対応を強化するといったものばかりですよね。なんだか、世の中が負の力にどんどん引っ張られているような気がしてしまいます。


最近特に思うのですが、医療を楽しみながら働いている医療者や個人にそう思わせる体験の頻度が減っているのかもしれないと感じたりします。嬉しかった体験などを口にするのを、敬遠したり苦手な人も多いかもしれませんが、やっぱり、いい医療を追求することが楽しくてかつ快感なのだということを、これからの医療者に感じてもらわないと、医療者はどんどん負の力に引っ張られて、疲れてしまうのではと私自身のことも含めて思います。決して頑張れなどと思っているのではなくてです。そんなこと言われたら、ますます疲れちゃいますよね。


給料が安いことや、いそがしいこと、医局制度に関する不満、医療行政への不満ばかりを話す医師がいます。そういう話も勿論いいのだけど、それしか出て来ないと聞いていてウンザリした気分になります。逆に、今の日本で若い医療者が働くときに、それしかないと仕事上のストレスに耐えられないんじゃないかと、大きなお世話かもしれませんが心配になってしまったりします。