科学的根拠は100%正しいのか!

一昨日、昨日の記事の続きです。


一昨日の記事

昨日の記事


昨日の問題の答から説明します。

まずは、以下、問題の転記です。

では、最後に宿題です。


「Aさん60歳は、高脂血症のためA病院から食事療法を指導され続けています。Aさんは今日病院で主治医から、食事療法をしていますが高脂血症が良くなっていません。高脂血症があると心臓の冠動脈の病気(心筋梗塞等)のリスクが上がるため、食事療法のみでなく高脂血症の薬を毎日飲んで下さいと言われました。また、最近の医学研究においても、この薬の予防効果には医学的根拠があることが証明されていると、Aさんは医師から説明を受けました。インターネットで調べると、その薬は心筋梗塞の予防薬として紹介されていました。でも、隣にすんでいるBさん60歳はB病院にかかっており、高脂血症が続いていますが、そのまま食事療法のみで薬は飲んでいません。ある日、二人は自分の病気について互いに話す機会があり、薬を飲んでいないBさんは、自分は心筋梗塞になるのだと落ち込んでしまいました。」

では、質問です。このまま、Aさんは食事療法と毎日の薬、一方Bさんは食事療法のみで、時が過ぎていくと仮定します。


最近の医学研究では、この薬の予防効果には医学的根拠があることが証明されていますが、この医学的根拠から考えた場合、


「6年後のAさんはどのぐらい安心なんでしょうか? 一方、6年後のBさんはどのくらい危険なんでしょうか?」


「二人が今後の6年間に、心臓の冠動脈の病気(心筋梗塞等)になる確率はどのくらいなのでしょうか?」


1)Aさん 0.008% Bさん  89%
2)Aさん 0.030% Bさん  56%
3)Aさん 0.060% Bさん  47%
4)Aさん 0.150% Bさん  23%
5)Aさん 1.700% Bさん 2.8%



 答えは、このブログの次回の記事にて、説明します。

答えは、5)Aさん 1.700% Bさん 2.8% です。
元になっているデータは以下の論文によります。
Primary prevention of cardiovascular disease with pravastatin in Japan (MEGA Study): a prospective randomised controlled trial.
Lancet. 2006 Sep 30;368(9542):1155-63.

要約は、以下で閲覧できます。
Error - PubMed - NCBI


答えは、5)Aさん 1.700% Bさん 2.8% ですが、どのように思われましたか。


おそらくは、読者によって感想は様々なのではないでしょうか。


このデータを見ると、予防法としての効果は、いわゆる科学的根拠があるわけですが、この薬の効果は各々の患者さん達が期待しているモノなのでしょうか。誤解を受けるとよくないので確認しますが、私はこの薬の効果を軽視したり、この予防法に異議を唱えているわけではありません。


私が言いたいのは以下のことです。


この薬に限らず、多くの場合、医師は「この薬はこうこうこういった効果があるので、毎日飲んで下さい。」といった感じで説明します。


しかし、患者さんたちは、この薬の効果について、どのぐらい正確に把握しているのでしょうか。


もう、皆さんは気付いていると思いますが、この薬を医師の指示取りに毎日飲んだからといって、その全員がこの薬による心臓病の予防効果を得られるわけではないということです。では、この薬を服薬した人のうち、どのぐらいの人がこの薬の恩恵を得られるのでしょうか。

80%ぐらいですか。
それとも30%ぐらいですか。
それとも10%ぐらいですか。
それとも、1%ですか。


答えの前に、少し専門的な話しをします。


そうでないと、正確に説明できないからです。


薬の効果を評価するにはどうすればいいのでしょうか。以前、私が他へ投稿した記事を転載します。以下転載。


>>有効と無効の間に線を引くことは実は難しいのです。多少専門的な話になりますが、ある薬が1つの目的(エンドポイント)に対して、どのくらい有効で、どのぐらい有害な副作用があるかという指標にNNT(Number Needed to Treat), NNH (Number Needed to Harm)というものがあります。非常に乱暴に言うと『何人に投与してはじめて一人の有効症例、有害症例が出るのか』という指標です。たとえば、心筋梗塞を予防する薬を投与した10人と無投与の10人が、一定の期間に心筋梗塞にそれぞれ2/10人(20%)、4/10人(40%)なったとします。ようするに10人に投与した場合2人の心筋梗塞を予防できたということになりますので、NNTは5となります。一方、これを有害な副作用に当てはめたものがNNHです。つまり、NNTが低く、NNHが高い薬が優れた薬ということになります。


注)実際の予防薬では、NNTが5ほど低い薬は殆ど存在しません。もちろんNNTは何をエンドポイントとして設定するかによって大幅に変わってきます。


 このような考え方が出て来たのは最近であり、計算のもととなる比較試験データが多くの薬に関してあるわけではないのですが、医師は処方に際して本来はこのような観点を考慮して処方の有無を判断すべきであるし、投与の目的が臨床上意義が多くの患者さんが感じられるものなのかということにも目を向ける必要があるでしょう。当然ですが、NNTがいくつ以下なら薬として有効かといったコンセンサスは医学界にもまだありません。これからの課題です。だからこそ、患者さんへの説明に際しても、こういった指標で説明することが広まれば、もっと話は判りやすいと思います。極端な話、外来で患者さんが医師に『その薬のこの目的に対するNNTはいくつですか』と聞くぐらいで、いいのではないでしょうか。一般に製薬会社はNNT, NNHを敬遠します。<<


ちょっと難しい話だったかもしれませんが、現在ある評価法では最も客観性の高いものです。


では、答えを述べます。


この薬を6年間服薬した患者さんたちのうち、どのぐらいの割合が、この薬における心臓病の予防効果の恩恵を得て心臓病にならなかったのかを考えた場合の、NNT(Number Needed to Treat) はおよそ91です。繰り返しますが、NNT(Number Needed to Treat) とは、非常に乱暴に言うと『何人に投与してはじめて1人の有効症例が出るのか』という指標です。


つまり、この薬をおよそ91人に投与してはじめて誰か1人がこの薬の恩恵を得るということになります。


きっと、驚いた方も多いと思いますが、患者さんのみならず、処方している医師もこの点を正確に理解していない場合が実際にはあると思います。


昨日の問題の答えは、


5)Aさん 1.700% Bさん 2.8% でしたよね。


この薬を飲まなかった患者さんたちのうち、2.8%が心臓病を発症しました。一方、服薬した患者さんでは、1.7%が心臓病を発症したというわけです。



言い換えれば、


「97.2%の人たちは、薬を飲まなくても、6年のあいだに、心臓病にはなりませんでした。そして、この薬を服薬した人のうち、1.1%の方たちがこの薬の恩恵を受けたわけです。一方、1.7%の人たちは薬を服薬していても心臓病が発症しました。」


ということになります。


私は、数字%の後ろに敢えて、「のみ」とか「も」という言葉を入れていません。なぜなら、それを入れるということは、私の期待が言葉に反映されてしまうからです。


要するに、こららの結果から、結論を導き出すときに、この薬に対する期待が比較的大きい人たちは、毎日飲んでも、1.1%しか恩恵が得られないなんて、この薬は効果がないと結論づけるかもしれません。一方、服薬しなかった場合の心臓病のリスク2.8%が1.7%にまで減少するなら是非飲みたいと思う人もいるでしょう。


ここでの、リスクが1.1%減ったということを、専門的には「絶対リスク減少率が1.1%=0.011である」と言い、この数字の逆数 1 /0.011 ≒ 91 が NNT(Number Needed to Treat) となります。



最後まで、読んで下さったかたは、もうすでに気付いていると思いますが、下記に、私の結論を述べます。



科学的根拠と呼ばれているものは、多くの場合において、統計学的方法によって正当性または有意性を評価しています。つまり、その根拠のなかには、強い根拠もあれば弱い根拠もあります。このことは、医師も含めた自然科学者のあいだでは、当然のことであるはずです。


皮肉なことに、日本語の「科学的根拠」という言葉の使われ方は、非常に曖昧です。


それぞれの実験や調査から出た事実とは、あくまでも結果(データ)なのであって、そこから導きだされる結論は、主観的な要素が含まれることがあります。言葉を使って結論を説明する以上、使用する言葉の曖昧性や主観性が多かれ少なかれ伴うのは避けられないのでしょう。だからこそ、言葉をできるだけ正確に使おうとする意思が、言葉を使ったコミュニケーションには求められるべきなのです。


ところで近い将来、患者さんが医師に「この薬のNNT(Number Needed to Treat)はいくつですか。」と質問する時代は来るのでしょうか。